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2017年2月26日日曜日

たなかしのはどんなひと?シリーズ ①~⑨

ずっとブログ更新してなかったね!
Photo by Ryuji Masui

もうすぐたなかしの座談会が岐阜のカフェぷらなで行われるよ。
☆【しのぴを囲んで夜のオトナな座談会 】
3月1日水 19:00-21:00 2,000円 +ドリンク500円
岐阜県関市肥田瀬川原田310-1
☆【しのぴを囲んでの朝の爽やか座談会】
3月2日木 10:00-12:00 2,000円+各自飲食代
岐阜県関市肥田瀬川原田310-1

だからたなかしのがどんな人なのかfacebookに書いたりしていたよ。
まだ完結してないけど、ブログにまとめるね。


【 たなかしのはどんなひと ① 】
いま私は、大切な友人の名刺デザインをしているよ。
って言いながら、これを書いてるよ。札幌にいるよ。
いまのところ、5日くらい外に出ていないよ。( ̄▽ ̄)ひきこもりだよ。
中学高校大学と美術専攻のある学校にて、油画を中心に学んだよ。
中学高校は6年間の一貫校でずっと美術コースだったよ。
「北海道を出なさい」というパパの言葉に甘えて、京都の嵯峨芸術大学に進学して油画を専攻したよ。観光地で有名な嵐山のところだよ。
この大学の受験の時に、前日ホテルで食べた夕食がカラダに合わなくて、5時間でデッサンを描く試験中に吐いてしまって、3時間保健室で寝たんだけど、2時間で描いたデッサンで合格したよ。
第3志望の大学で、第1志望と第2志望の大学はすんなり不合格だったよ。
この大学で出会うべくして出会う人と出会うためにこの流れだったんやろな。
高校時代、美術コースで一番デッサンうまくなってやる!!ってずっとデッサン室で1人でデッサン描きまくった。
中学時代は立体造形とか彫刻のほうに進もうと思っていたんだけど、高校3年から絵画、デザイン、彫刻の専攻を選ぶときに、中学時代の国語の先生から、「しのは絵の方が向いてると思うよ」って言われて、絵画に進むことにしたよ。
ちょこちょこ私のことを書いていくね。


私の30才までの人生を作品とともに綴った作品集もあるんよ。
デッサンはそのなかから。

「たなかしのの作品集。ようちえんから30才までの作品。」
http://amzn.asia/73jT83Y
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【 たなかしのはどんなひと ② 】

-お詫びとお知らせ-
私が存在していてごめんなさい。
私が何かしらで
あなたに不快な思いをさせてしまっていたり、
傷つけてしまっていたり、
苛立たせてしまっていたり、
ふりまわしてしまっているならごめんなさい。


ただ私は今、
とても楽しい人生を送っている。


私は今、しあわせだ。


それなのにあなたに
イヤな気持ちをさせてしまっていたら、ごめんなさい。


私があなたの目の前に存在してしまっていて
ごめんなさい。


それでも私はこれからも存在し続ける。


どんな私であっても、
他の誰でもない私だから、
私は私を許す。


そしてこんな私だから、
どんなあなたも許す。


これが私のお詫びとお知らせ。




電子書籍版「たなかしのの作品集。ようちえんから30才までの作品。」より
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【 たなかしのはどんなひと ③ 】
私は心で関わることのできる人との仕事しかできない。
どんな人なのかわかる人のことしか写真を撮る気がしないんよね。
どんな人なのかわかる人のことしか何かを創ろうという気になれないんだよね。
好きな人しか撮影できない。
私が撮影するのは、カメラが好きなわけじゃなくて、カメラは手段なんだよね。
だから、「3カットいくらで撮影しますよ」とかたくさんの人に向けたカメラマン的仕事はできない不器用人間なの。
ってことを経験してわかった。
名刺デザインも今やってるけど、大好きな友人だからやる。
応援したい人だからやる。
〇〇〇〇円で名刺デザインやりますよ~!っていうのができない不器用人間。
不器用人間でいいと思ってる。
だからこそ産み出せるものがあると思ってる。






【 たなかしのはどんなひと ④ 】
去年の12月のAKIRAライブ撮影卒業前から
4月23日の大阪、4月27日の和歌山のAKIRAライブだけは
最後に撮影の予定でいたんだけど、
今の私はAKIRAライブの撮影ができなくなってしまった。
自分の中の“やりきった感”を隠しきれなくなった。
言い方を変えると、AKIRAライブの撮影に飽きてしまったんよね。
 
 
おぉ、ぶっちゃけすぎてる。(;´∀`)
 
 
そんな気持ちを隠したまま、「しのちゃんの撮る写真が好きだから」という言葉に応えきれない。いい写真は撮れない。
 
だから正直にできないって言ったら、主催者のおふたりはあっさり受け止めてくれた。ありがとう。
 
 
私が初期に掲げた「AKIRA100年プロジェクト」。
高画質で今を生きるAKIRAさんの写真や動画を100年後の人たちにも見てもらえるように残したい!という想いで始めた。
スマホで撮影した画質の粗い写真が多かったから。
 
 
たくさんの人が私の写真や動画を気に入ってくれて嬉しかった。
でも、ライブの写真は、もう他の人に任せていける。
実際、私以上にいい写真を撮ってくれる人がどんどん出てくると思う。
 
 
今後のAKIRAライブで写真を残したい方は、ぜひ撮影をますちんに頼んでくれたらと思う。
彼は、いいやつです。デキる男です。
普段はカメラマンではなく、大阪の専門学校の教員やってます。
カメラマンじゃないけど、愛のある写真を撮ります。
 
ますちん こと、桝井隆治→ https://www.facebook.com/ryuji.masui
《 撮影代3万円、プラス高速代などの大阪からの交通費よろしくね♡》
 
 
たなかしのはAKIRAさんの撮影をやめるわけじゃない。
たなかしのはこれからも、私にしか出さない表情のAKIRAさんの撮影をしていくよ。
  




【 たなかしのはどんなひと ⑤ 】
私はとっても中途半端な人間だよ。
いろいろ手を出しては、やっぱやーめた!とか。よくある。
だって、やってみなきゃわからんやん。
ほんまにやりたいことなら、自然と続いていく。
私にとっては美術。創作することが続いていることだよ。
 
中途半端になったことは、ヴァイオリンと英会話だよ。
ヴァイオリンと英会話って書いただけで笑ってしまう。
たなかしのがヴァイオリンと英会話って!
 
無いわー!!笑
 
 
小4の頃、合唱団に入っていた私。そこにオーケストラに所属するヴァイオリニストの男性がやってきて、私もヴァイオリンやってみたい!!ってわーわー家で言ったのである。
 
パパのおかげで裕福な我が家は、結構好きなことをさせてもらえた。
んで、ヤマハの教室に通いだしたんやけど、3回目くらいで先生が「発表会を目指しましょう♪」とか言い出した。
発表会なんか出たくないし!!(`・ω・´)って感じの私。
ただヴァイオリンをやってみたかっただけやし!!
発表会に出るくらいなら辞めるわって、高額な授業料を親に払わせといて数回で辞めた私。( ̄▽ ̄)
 
 
英会話は、中学時代だっけな?高校進学したら海外に留学したい!とか思って通いだして、飽きた。
ヴァイオリンと同じく高額な授業料を親に払わせといて数回で辞めた私。( ̄▽ ̄)
 
 
おかげさまで英語はできないけど海外にはちょこちょこ行けてるよ。
 
 
ま、そんな私だよ。
おかげさまで、親からは飽きっぽい性格って言われましたわ。
ま、事実だね。
ただ、思えばこの頃からやりたいと思ったことに忠実に動いていたんだわ。
 
ここまで書いた私が言うのは説得力ないだろうけど、
 
 
【 続けることが美徳な時代は終わったと思う。】
 
 
中途半端がダメだという思考の人は、
中途半端にならないように挑戦もしにくいかもしれない。
 
中途半端でもいいんやで!
 
 
んで、続けられなかったことは自分には合わないことだったってことなのかもしれないよ。
 
“やり始めたら続けなきゃ”という思考のせいで
飽きたのに、興味がなくなったのに、何かを続けているのは
自分いじめやで。
 
あぁ、あと、「中途半端にしたら 周りの人にあーだこーだ言われるかもしれない」という人もいるかもしれんね。
 
私もよく言われたよ。だからといって周りの人に言われたからって自分の飽きた気持ちや興味がなくなった気持ちを元に戻すことはできひんしなぁ。
 
 
 

私の場合は、いろんなことを同時進行で行う。
 
中途半端な状態で放置して、他のことをして、
他のことに飽きてきたら、中途半端だったことをもう一度再開する。
  
ま、何でもいいのよ。
 
とにかく、自分がやりたいと感じたことを大切に大切にしていこう。
 
 
なんでもやってみなきゃわからんから。
 
 
 
写真は中途半端なネアリカ作品。
この顔、気に入ってる。
んでこれからどうなるのか自分で楽しみな作品。



【 たなかしのはどんなひと ⑥ 】
思い込みが自分の世界を創るっていうのはほんまにそうだね。
今では最高なイケメンたちが私の周りにいるけれど、大学時代の私はダメダメだったんよ。
 
大学時代の私は、「どうしても私は2番目の存在にしかなれない」って思い込んでたんだよね。
わかりやすく言うと、彼女がいる人の浮気相手になってしまうパターンにはまっていたのね。
 
やさしい言葉を言われるとすぐその気になっていた。
 
さみしかったんよね。
 
 
中高時代の友人たちが、普通に彼氏できてることが、すごいうらやましかった。
なんで私は普通に彼氏ができないんだろうって悩んでいた。
 
んで「私がいなくてもこの世界はまわるし!」とか、「私には居場所がない」とか、「私にはもう実家にも帰る場所なんてない」とか、「私は生きていなくてもいいんだ。だれも困らない」とか
 
超、超、超、思い込んでいた。
 
そんで部屋のそこらへんにあった薬を一気に飲んで死のうとした。
 
こわくなった私は自分で救急車を呼んだ。
 
死ぬ勇気さえなかった。
 
 
数日入院させてもらった。
 
大学の先生が私を心療内科に連れていってくれた。
 
心療内科の先生は、
「あなたはうつ病ですって言ったらうつ病になっちゃうと思うわ。でもあなたはうつ病じゃないわ。大丈夫!!」
 
みたいな感じで終わった。
 
 
今、思えばむっちゃいい心療内科の先生やったな。
 
 
よく精神科は薬を投与してお金儲けてるって聞くけど、
そうじゃない先生もおったわ!!笑
 
 
んで、夜になるとさみしくなると気付いた私は、
「ほな、夜に仕事したら良いんちゃう?」って思ってキャバ嬢になった。
そのとき19歳。
 
夜のバイトなら他にもあるだろって今ならわかるけど、
でもね、キャバ嬢経験しておいてほんまに良かったって思う。
そこで出会った男性と付き合った。
18歳年上で、いろんな経験をさせてもらえたな。
大きなゴミ収集車に乗ってゴミの収集を手伝うのとか楽しかった。
今思えば超貴重な経験。
 
 
その男性とは4ヶ月で別れることになった。
今でも誕生日にはおめでとうメールをくれる。
 
 
このあと、私はどんな人生を経て金ぴかあげまんばばあになったのか。
続きはごはん食べてから書くわ。
ママがごはんだよ~って言ってる。
 
 
 
写真は大学の卒業制作を制作中の私。
卒業制作のテーマも「恋」だった。


電子書籍版「たなかしのの作品集。ようちえんから30才までの作品。」より
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【 たなかしのはどんなひと ⑦ 】
私、誰かのものになりたかったんやわ。
昔の話ね、これ。⑥の続き。
 
 晩ごはんは焼きそばと餃子だったよ。
 ( ♡∀♡)金運アップの食べもの「餃子」だよ わっしょい♡
 焼きそば好きなんよー、私。(○´ω`○)にゃっほーい♡
 
結婚願望もあった。
誰かと付き合うたびに結婚したかった。
でもある時、気付いた。
 
私がしたいのは、
【 結婚生活じゃなく、結婚式やわ 】って。
 
そう気付いたものの、それでも結婚すればどうにかなるんじゃないかって救いを結婚に求めていた。
 
何をどうしたいんだって感じだよね。
現実逃避をしたかったんだわ。
(結婚している人は現実逃避をしている人だということじゃないからね)
 
 
同棲していた年下の男の子とは結婚しようって感じだったけど、セXXXレスだった。
痩せたら愛してもらえるのかもしれないって8キロ痩せた。
好きなのに、抱きしめてもらえない。
好きなのに、肌と肌を重ねれない。
かなしかった。
 
 
「お前はそればっかりかよ!」ってキレられた。
「手をつないで寝てるんやからエエやん!」って言われた。
中学生かよ。中学生でもそんなんないわ。
私は逃げた。逃げたけど別れ話をした。
 
 
別れた後、その年下くんはできちゃった結婚をした。
私はなにがダメだったんだろうって思った。
 
別れる前に、めずらしく私はお兄ちゃんに相談した。
お兄ちゃんは「しのはどの道を選んでも幸せになれるから大丈夫だよ」って言ってくれた。
 
私はその一言で別れる決心がついた。
 
結婚生活ではなく、結婚式がしたいというのは、
私、目立ちたがり屋なんだよね。
 
あぁ、主役になりたかったのかも。
 
今の私は、自分の人生は自分のもの。って思うようになった。
 
私は私を愛している。
私は私が大好き。
 
そうなるまでに、まだたくさんの経験があって今の私がある。
続きは明日にするわ。
 
 
 
現在の私は、結婚願望は無く、出産願望はあるってたなかしのの取説には書いたけど、その気持ちも薄れてきた。
 


 
 
自分がどうしたいのかって本心に自分が気付かないと、
自分以外の人が自分の願いを叶えられない。
 
 
まずは自分の願いをクリアに見よう。
 

 
 
写真は、同棲してた頃の私。25歳くらい。
ってことは、AKIRAさんがアルバム「PUZZLE」を発売したくらいかな?



【 たなかしのはどんなひと ⑧ 】
続きは明日にするって書いたのはおとといか。
きのう続きを書いたつもりだったのは夢の中だったわ。
美容室に行って、眠くて寝ちゃった。
 
たなかしのはどんなひと ⑦ では、25歳くらいの時に同棲したことと、結婚願望はないってとこまで書いたね。
その後に出会った人が私の恋愛観のベースを作った人だと感じてるよ。
 
昔の私は、毎日好きな人に会いたい、毎日一緒に居たいっていう淋しがり屋のかまってちゃんだったんよ。
おお、今思えば鬱陶しい。
 
帰りたくなーい!って腕にしがみついていたら、
「しのがやっていることは子どもが駄々をこねているのと同じだ」と言われてハッとしたんよ。
 
とても本を読む人で、人間観察力が鋭くて、どんな人物なのかみんなのことを見抜いていく天才だった。頭がいい。知識というより知恵のある人。
その人の影響で、私は本を読むようになった。
 
そして、私は仕事でも、大学を出た後は創作とはぜんぜん関係のない仕事ばかりしていたんだけど、
(旅館の仲居さんとか、アイスの工場とか、コンビニで売られている冷やし中華とかそうめんとかの工場で麺が落ちてくるのをキャッチするとか、テレビ製造の工場でリモコン受信部をひたすらビス打ちしたりとか)
この頃には某室内ゆうえんちで働いていて、店内装飾の担当にさせてもらえて、創ることを思い出した私は本来の自分をどんどん取り戻していったんよ。
あと、販促の担当や副店長みたいにもなったから、どうすれば売り上げが上がるかとか、どうすれば集客できるかとか、スタッフの士気はどうすれば上がるのかとか考えていた。というのは表面上で、一日の大半は好きな人のこと考えていた。
 
自分を取り戻す前は被害者意識すんごくて、人のせいにしてばかりだったかな。んでいっつもピリピリしてて、こんなに頑張ってんのになんでみんな私をわかってくれないの!?みたいな感じだった。怖かったし、自分のことも人のこともなかなか許せなかった。かな?たぶん。
 
自分が夢中になれることをみつけた私は、淋しがり屋じゃなくなった。
恋愛では毎日会いたい会いたいって言っていた私は、徐々に、
週に1度会えればいい。
月に2回くらい会えればいい。
年に数回会えればいい。
というくらいまでに変化した。
 
 
この頃、映像づくりに興味を持ち始めて、写真を組み合わせてアフレコして、毎日動画を配信し始めた。10本だけだけど。
【むかしつくった動画といえない動画(ฅ•ω•ฅ) 】
https://www.youtube.com/playlist…
 
これが私の映像の原点。
店内にモニターを置いて、宣伝用の動画をつくって流したり、店内装飾にもむっちゃ本気で楽しんでやっていたら、本社から「装飾のたなかさん」って言われるようにもなった。
 
 
仕事も恋愛も充実していた私は、このまま10年続くとしたらどうだろうかって考えた。
このまま結婚して、ここで働いて、子どもが生まれて…って考えたら、
 
 
世界がせまいわ!!!\(^o^)/!!!って思った。
 
 
死ぬまでにもっと世界を見たいって思って、仕事を辞めて地球一周のピースボートに参加した。
 
 
「私が好き勝手に旅とかしてイヤじゃないの?」って彼にメールしたら、「しのが見聞を広めるためならオレは何も言わないよ」って返信をくれた。
 
 
むっちゃエエやつ!!!(`;ω;´)!!!って思った。
この人のこと、大切にせなあかんわ!って思った。
 
 
 
んで、今でも大切な人で、何かあった時には話を聞いてくれて、支えてくれる人。滅多に会えないけど。
  
 
 
 
写真は2012年の私。


【 たなかしのはどんなひと ⑨ 】
どんどんいろんなとこに行って、
いろんな素敵な人に出会ってしまう私は、苦しくなった。
カッコいい人、魅力的な人、いっぱいいるんやもん。
 
いつしか私は、愛したいだけ愛そうって自分を許すことにした。
恋人がいるからって、自分の溢れそうな愛情をせき止めるのをやめた。好きな人は一人じゃなきゃダメっていう制限をやめた。
 
私の好きは、
好き=付き合いたい ではない。
好き=恋人になりたい ではない。
 
私はこの人のこと、むっちゃ好き!で終了。
 
あなたのこと、むっちゃ好きやで!大好きやで!!
じゃーね!!\(^o^)/
 
みたいな。
 
 
それで、相手も私のこと気に入ってくれたら嬉しいね。 
 
 
 
“恋人”とか、“彼氏”とかのくくりは、もういらんねん。
一緒に居たい時に一緒にいればいいし、
会わない時間ばかりでもいいし。なんでもいい。
 
 
今の私には大切な人ばかり。愛する人がいっぱいだ。
 
しかもイイ男ばかり♡イケメンばかり♡絶好調な男性ばかり♡
 
 
その人たちが楽しんで生きてくれていたらそれでいい。
しあわせに生きてるならそれでいい。
私に会いたいなら会いに来ればいい。
悩みたい時なら悩んだらいい。
落ち込む時なら落ち込めばいい。
元気でいるなら何よりだ。
私の腕のなかで休みたくなったら休めばいい。
 
私はここにどーんとしていればいいんだって思ってる。
 
 
そう思ってる。
 
 
私が私の気持ちを大切にしたら、
私をとっても大切にしてくれる人が現れるようになった。
 
 
 
そんな感じで、今では自由恋愛主義者になった。
 
結婚願望はなく、死ぬまで恋をしていたいと思ってる。
 
恋愛を生活にするつもりはない。
 
色恋に関しては私はそんな人間ですわ。
 
 
 
たくさんの人と付き合って、
ムカついたり憎んだりしたけど、
みんな必要な存在だったって今ならわかる。
みんないいやつ!私の人生に現れてくれたいいやつら!!
ありがとう!!!



つづく☆


と思う。